[転載] 唯一無二の迫力刻む 狛犬職人の綱川潔さん

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綱川潔さんを紹介した新聞記事を転載します。

唯一無二の迫力刻む 狛犬職人の綱川潔さん
2018/09/15 日本経済新聞中部版 夕刊




唯一無二の迫力刻む 狛犬職人の綱川潔さん

(ストーリー 中部発)


2018/9/15 11:10

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狛犬職人の綱川潔さん(67)


「自分はこの子のブリーダーみたいなもの」。そう笑い、歯ビシャンと呼ばれる金づちで狛犬(こまいぬ)の毛並みをそろえていく。削るというよりなでるように。息を吹きかけると花こう岩の粉がフワッと舞った。
工房には数組の狛犬が鎮座する。仕上がっているようにも見えるが、まだ途中だ。「できたと思っても、次の日になると何か違う気がして手を加えてしまう。納期がなければ一生完成しない」。石塊を電動工具で大まかに切り取った後は、全て手作業。表情やサイズなど細かな要望にも応じ、神社だけでなく民家からも注文が舞い込む。
●腕試しで悔しく
北海道で生まれた。中学卒業間近、墓石を削り出す石工だった父に「修業に出たい」と申し出た。1年の半分が雪に覆われる故郷から逃れるための口実だった。リュック1つ背負い、夜行列車で有数の石の産地、愛知県岡崎市にやって来た。
同市の花こう岩は上質で柔らかく彫刻に適すとされ、最盛期は 350 軒の石屋がひしめいた。弟子入りしたのは様々な依頼を受ける石工だが、当時は高度成長期。買い替えや奉納で、神社から狛犬の注文が相次いだ。
職人への第一歩は、自分で使う道具造りから。毎朝6時に起き、鉄をたたいた。夜は石工の職業訓練校に通い、帰ればベッドに倒れ込む日々。ようやく石に触れることが許されると、親方や兄弟子の手伝いで1日8時間、彫り続けた。手はマメだらけ。「ご飯を腹いっぱい食べられることが唯一の救いだった」
3年目の盆、久々に里帰りすると父に狛犬を彫れと命じられた。「腕を試そうっていうんだな」。1人で彫ったことはなく、出来栄えは言わずもがな。手直しする父を悔しい思いで見つめた。
灯籠や地蔵の職人のもとでも腕を磨き、30 歳で独立。出回り始めた安価な中国製に負けぬよう、国内各地の狛犬の特徴を頭に入れて唯一無二の作品を造り続けてきた。
発注はかつての3分の1ほどに減った。神社に買い替える資金が集まらないという話も聞く。生活は不安定で成り手も減り、市内で狛犬専門の職人は自分だけになった。
●署名は覚悟の印
好きだからこそ続けるこの道で、追いつきたい職人がいる。江戸時代末期に活躍した丹波佐吉。その狛犬が奈良県を中心に 20 組ほど残る。今にも動き出しそうな迫力、にじみ出る愛嬌(あいきょう)。「まだまだ青いな」。こけむした像の前に立つと、先達の戒めが聞こえる気がする。
数年前から狛犬に自分の名を刻む。花こう岩なら 200~300 年は持つ。「これほどの技術を持った人がいたのかと、未来の人に思ってもらいたい。下手な仕事は絶対にできませんよ」。署名は覚悟の証しでもある。
■神社巡る「オフ会」に刺激
つなかわ・きよし 1950 年、北海道女満別町(現大空町)生まれ。職人のかたわら、独自に各地の狛犬を調査研究している。
全国のマニアが狛犬の情報を共有しているフェイスブック上のグループ「狛犬さがし隊」にも参加。不定期でメンバーの一部が集まり、温泉旅行も兼ね泊まりがけで神社を巡る「オフ会」がたまの息抜きだ。この秋には長野県と福島県まで足を延ばす予定。「自分より狛犬に詳しい人がたくさんいる。いい刺激になります」

文・嶋崎雄太 写真・上間孝司




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